この記事は「スポーツアナリティクス Advent Calendar 2019」の23日目の記事です。
主催の@JFanalyst様お誘い頂きましてありがとうございました!
今回は米国が取り組むフィギュアスケートの最新研究の紹介と国内での研究開発・分析関連動向についてまとめてみました!
#spoanaな皆様、フィギュアスケートも何卒よろしくおねがいします!
目次
はじめに
さて、全日本選手権が終わり、19ー20シーズンも後半戦を迎えたフィギュアスケート。
連日の試合では多くの観客が入り、メディア露出も申し分なく、ジュニア選手などの若手の台頭もうかがえました。
何かと明るい話題も多いですが、その裏で暗い側面もあります。その一つが怪我です。
例えば、男子シングルの羽生結弦選手は怪我による出場辞退も続き、今シーズンは4年ぶりの全日本出場となりました。
また女子シングルで優勝した紀平梨花選手も怪我の影響から、難度の高いルッツジャンプを構成に組み込まないなど、怪我とうまく付き合いながら今シーズンを戦っています。
起源は氷の上に正確に規定の図形(Figure)を描けるかを競うものであったフィギュアスケート。
しかし、現在はジャンプなどの技術要素に重きが置かれるようになり練習量が増加。何度も高難度のジャンプに挑戦することで、怪我の増加を引き起こしているとされています。
そんな中、アメリカではスケート連盟と大学がタッグを組み”ウェアラブルデバイスを用いた障害予防検知”に関する研究開発に取り組んでいます。
今回はこの論文の紹介と、国内のフィギュアスケートの研究開発・分析に関する動向を紹介していきます。
まずは論文紹介から!
想定読者
- フィギュアスケートに興味がある方
- スポーツとテクノロジーの研究に興味がある方
- #spoana な皆様
都合上すべてを細かく説明できているわけではない点ご了承ください。
論文基本情報
Title:
A sport-specific wearable jump monitor for figure skating
Authors:
Dustin A. Bruening
Riley E. Reynolds
Chris W. Adair
Peter Zapalo
Sarah T. Ridge
Journal:
PLoS One 2018 Nov 21;13(11)
Year:
2018
腰につけるデバイスでジャンプのデータを取得!
まずはこちらの動画を御覧ください!
ユタ州にあるブリガム・ヤング大学(BYU)が開発中のデバイスは、腰に巻くタイプのウェアラブルデバイス。加速度センサーと角速度センサーが内蔵されています。
これを身につけることで、ジャンプを試みた数の自動カウント・回転の速さ・ジャンプの高さを正確にモニタリングできるようなデバイスの開発を目指しています。
もし、実現すれば試合中に身につけることを望む選手も出てくるかもしれませんね。
さて、このようなジャンプのモニタリングをするためには、センサーから得られたデータから精度良くジャンプを識別、ジャンプの高さを推定できるようにしなければなりません。
このあたりの研究の詳細について事項で触れていきます。
研究方法
2回転ジャンプが跳べる7名の被験者(女性6名、男性1名)を対象に、以下のA・Bのデータをセンサーを用いて取得した。(128frame/s)
A.ジャンプ単独のデータ
B.競技会のプログラムのように様々な動きが混ざったデータ
Aに関しては同時にキャリブレーション環境下でビデオ撮影(1960×1080ピクセル、240frame/s)を行っており、このデータから算出された値を真値として用い、Aから得られたデータと比較する。
また、スケーターが全てのジャンプに成功(クリーンな着氷)と失敗(転倒、回転不足、両足着氷など)のアノテーションをつけた。
データセットの詳細は以下の通りです。

用いたデータセットの詳細
ジャンプの認識
ジャンプ認識フローの作成
論文では、Aのデータセットを用いて、センサーデータからジャンプの認識を行うためのフローを手動で作成しています。
具体的には(A)離氷/着氷の際の垂直方向の加速度のピーク・(B)離氷と着氷の際に現れる2つの垂直方向の加速度ピークとの間の時間・(C)角速度のピークの3つの値を用いて、以下の1,2,3のように設定しています。

データセットAに関する各値の箱ひげ図
- 垂直方向の加速度のピークが2つあり(離氷時と着氷時に相当)、その値がどちらも25 m/s^2以上である
- 2つの垂直方向の加速度のピークの間の時間が0.3〜0.85秒である
- 2つの垂直方向の加速度中の角速度のピーク時の値が688deg/s以上である→全てに該当するものをジャンプと認識

該当データの絞り込みのフロー、最終的に40個と認識
認識精度
上記の認識フローを用いて、データセットBに含まれる一回転半以上のジャンプを正しく認識することができるかを検証しました。
結果、41個のジャンプのうち39個のジャンプを正しく認識することができたとしています。
認識に失敗したジャンプは、コンビネーションジャンプの2つ目のジャンプであった2Lo(2回転ループ)と着氷に失敗した単独の2F(2回転フリップ)でした。
また、データセットBに含まれている1回転以下のジャンプを一つだけ誤検出したほかは、フライングスピンや他の動きに関しても、多回転ジャンプと誤検出することはなかったそうで、限定的なデータセットながらも精度はまずまずのようです。
ジャンプの高さ
推定アルゴリズム
離氷時と着氷時の重心の高さが同じであり空気抵抗を無視できると仮定すれば、自由落下の放物運動として、滞空時間からジャンプの高さを計算することができます。
このことから、センサーデータから滞空時間の推定を行います。
論文中では、推定に4種類の方法を試みていますが、離氷と着氷の際に起こるピーク間の時間(Peak to peak time)にScale Factorをかけたもの(PPS)が一番精度が良かったとのこと。
ここでいうScaleFactorとはセンサーから得られたPeak to peak timeの平均を、ビデオから得られたデータの滞空時間の平均で割った値のことだそうです。
推定精度
精度に行く前に、まず真値を算出します。
ビデオ撮影した映像を元に以下のような方法でジャンプの滞空時間と高さの真値を算出しています。
ジャンプの滞空時間:ビデオの映像を元に、踏切足の爪先が氷から離れた瞬間〜つま先が氷につくまでとして算出
ジャンプの高さ:キャリブレーションポールを基準にデバイスの位置の変化をピクセルベースで算出

ジャンプの離氷、ピーク、着氷点の定義
推定精度
PPSの場合の予測値と真値との差(Mean Absolute Error)は、滞空時間で0.031秒、ジャンプの高さで3.33cmであった。また、成功したジャンプに限るとそれぞれ0.024秒、2.62cmであった。

思ったより精度高いなぁという印象。
回転速度
認識された2回転ジャンプの回転速度の平均は1,273deg/s、3回転ジャンプの平均は1,465deg/sであり、離氷と着氷の間の64%地点のところで回転速度のピークが計測されたそうです。
このあたりの数字は、例えば回転速度のピークをもっと早く持ってくることができれば、より回転数のジャンプの習得につながるかもしれないなど、コーチング用途に使えそうですね。
今後の研究課題は?
実現可能な範囲のデータで行ったため、サンプルサイズが少なめ。
今後はデータ数を集めて、ジャンプの種類ごとに識別フローのしきい値を求める、また機械学習のアルゴリズムを用いての分類を試みるなどが挙げられています。
また現在はBYUコンピュータビジョンの研究室と共同研究を行っているとのことでした。こちらも今後に期待が持てますね!
国内の動向は、、、?
先日スケート靴の論文についても以下の記事で紹介したように、BYUバイオメカニクス研究室と米国スケート連盟は、継続的にフィギュアスケートに関する共同研究を行っており、コンスタントに研究成果を公開しています。

一方、これまで国内では、実験環境を整えることが難しいこともあり、なかなかこのような研究開発や分析はされておらず、競技の知名度の割に科学的な知見・ノウハウが蓄積されていない状況であると個人的に感じていました。
しかしながら、最近では国内でも少しずつ動きが出てきましたので、ここで簡単に紹介していきます!
元オリンピック選手が開発を進めるブレード!
まずは元オリンピック日本代表の小塚崇彦さんがプロデュースするフィギュアスケートのブレード、”小塚ブレード”。

kozukablades ホームページより
これまで海外の既製品を使うのが主流であり、品質のブレや最悪の場合競技直前の6分間練習中に折れてしまい、棄権を余儀なくさせられる選手もいたりと問題を抱えていたフィギュアスケートのブレード。
この開発に元オリンピック選手と愛知県の金属加工メーカーである株式会社山一ハガネ社が着手しました!
市販されており、今ではこのブレードに切り替える選手も増えてきているようです。一度このブレードで滑ってみたい!既存ブレードとの違いの研究とか興味ある!
フィギュアスケートでもトラッキング技術が誕生!
そして、スケートファンにはもはやお馴染みとなったトラッキングシステムIceScope(アイスコープ)、ice:stats(アイスタッツ)。
フジテレビでの中継のほか、国際スケート連盟(ISU)からも正式採用されたトラッキング技術で、阪大発画像処理系ベンチャーのQoncept社 が基盤技術を開発しています。
この技術により、演技終了後すぐにジャンプの飛距離、高さ、着氷速度が可視化されるようになりました。
また、今シーズンから演技終了後の選手の滑走の軌跡、速度まで可視化されるようになりました。
ISUに正式採用されていることもあり、今後ますます進化を遂げそうなシステムですね。非常に楽しみ!!!
関連学会の誕生!
最後に紹介するのは、フィギュアスケートを含む氷上スポーツの学会である、日本氷上スポーツ学会の誕生です。
これまで氷上競技を専門に取り扱う学会は国内にはありませんでしたが、2019年1月に誕生、6月には第一回研究大会も行われました。
この学会の特徴は、日本学生氷上競技連盟と密に連携しているところであり、研究とスポーツ現場とをつなぐ重要なコミュニティになることが期待されています。
これにより、あまり研究がされていなかったフィギュアスケートに関しても研究がどんどん増え、その知見が現場に還元されるようになるかもしれませんね!
研究者のみならず幅広い立場の方の参加を推進しているため、興味のある方はぜひ一緒に参加しましょう!
終わりに
U++さんから始まった Advent Calendarもラスト2!
久永さん、カトケンさんラストスパートお願いします!!!