フィギュアスケート

フィギュアスケートのプレロテジャンプとAI採点について考えてみる

多くを語るまでもなく神大会となった19年フィギュアスケート世界選手権大会。

興奮も冷めやまぬ一方で、ネット上では以下のニュース記事が話題になりました。

 

「ごまかしジャンプ」は減点を! フィギュア採点にAI導入を望む声 2019.0324週間朝日

 

記事タイトル・前半部分では技術点該当部分にフォーカスしていると思いきや、後半中盤以降は演技構成点の話も出てきているというわかりづらい文章なのですが、、、

今回は前半とタイトルにある”プレロテ”問題の解説とAI判定の可能性について書いていきたいと思います。

 

想定読者

  • フィギュアスケートのルールについて一定の知識を有している方を想定。(そのため細かい用語の説明は省きます。)

 

”プレロテ”とは何者か?

誤解を与えないために、前提として最初に名言しておきますが、

”プレロテ”(プレローテーションの略)、またその派生形としてトゥ系ジャンプで用いられる”フルブレード”という単語は現行のフィギュアスケートの公式ルールブックであるジャッジングシステムテクニカルハンドブック内で用いられているものではありません

(さらに補足として、自身は大学入学から競技を始めて、部活動と民間クラブに所属し練習を重ね、バッジテストの初級〜3級を取得しましたが、日常的な指導・試合・テストの現場では一度も聞いたことがないワードです。現場でのエピソードは記事最下部に追記しています。)

 

以上を踏まえた上で、

話題になっている”プレロテ”が意味するものとは、

ジャンプを行う際に、滑走ブレードが完全に離氷する前に既に身体が回転してしまっていることを指します

 

また、その派生系として、”フルブレード”とはトゥ系ジャンプにおいて、トゥではなくエッジを使用して踏切を行うことを指します

フルブレードに関しては、主にフリップジャップやルッツジャンプの踏切がループジャンプの踏切のトレースになるようなものです。

このようにして跳ぶ選手は、そうではない選手に比べて、離氷する前の回転の度合いが大きくなる傾向にあります。

 

このあたりは様々な方が既に説明されていますし、”比較動画”なるものが蔓延っているので実際に映像で確認したい方は、冒頭の前提を念頭においた上で調べてみてください!

 

そのような”比較”が正しいかどうかはさておき、ただ一つ忘れてはいけないことは、

フィギュアスケートのジャンプはエッジを滑らせて跳ぶ性質上、離氷の前から既に”ある程度”回転が始まっているものだということです。

 

つまり、4回転ジャンプや3回転ジャンプなどとは言われてはいますが、

空中できっかりと360度×回転数分の角度回転しているものではないというのが正しい認識です。

 

では、この”ある程度”が競技上どこまで許容されうるべきなのか?

この話題の論点はここになります。

 

現行ルール上はどうなっているの?

 

この点に関する事項について、現行ルールでは以下のように定義されています。

明らかに前向き(アクセル型ジャンプの場合には後ろ向き)踏み切りのジャンプは、ダウングレード判定のジャンプとみなされる。トウ・ループが、最も一般的に踏み切り時にごまかしがあるジャンプである。

テクニカル・パネルが、(しばしばコンビネーションやシークェンスにおいて) 踏み切りでのごまかしでダウングレードかどうか決定をする際に再生で確認することができるのは通常速度のみである。 テクニカルパネルハンドブック18/19版

 

つまり、角度に換算するとおよそ2分の1回転以上、加えて通常速度で見ても明らかな場合にのみ、ごまかした踏切のジャンプと認定され、重度の回転不足を意味するダウングレードの判定となることが明文化されているのです。

このごまかした踏切の最たる例が、フィギュアスケートを始めたての方がなりやすい通称トゥアクセルジャンプです。

トゥループを跳ぼうとする際に左足のトゥが完全に前向きになって、跨ぐ形で半回転するため、試合では回転不足と認定されてしまいます。

(このあたりは、普段トップスケーターしかご覧になっていない方はイメージが付きづらいかもしれません。公式の映像などあればリンクを載せたいのですがみつけられていません。。。)

 

一方で冒頭の記事に戻りますと、以下のような記述が見られます。

今、ファンの間で問題となっているのは「ごまかしジャンプ」の存在だ。離氷時に4分の1回転ほどする「プレローテーションジャンプ」と呼ばれるもので、減点の対象として判定すべきだという声は多い。

 

ここは誤解を招く点かと思います。

上記の記事で「ごまかしジャンプ」とされている、離氷時に4分の1回転ほど回ってしまうプレローテーションジャンプは、先程説明したルール上定義されているごまかした踏切のジャンプではありません。

そのため、記事上で言及されている「ごまかしジャンプ」は、現行のルールに則ると問題はないということです。

(この点、記者の方にはもう少しきちんとわかりやすく記述してほしいところです。。。)

先程申した通り、フィギュアスケートのジャンプは氷上で回転を全く始めることなく行うことはほとんどできないものなのです。

 

中締めですが、まずは下記の理解を得ることが大事です。

巷で”プレローテーション”や”フルブレード”と呼ばれているジャンプは、現行ルールで明記されている”ごまかした踏切のジャンプ”と認定されてしまうようなものではない。

 

色んな情報が出てきますが、競技上はプロトコルとテクニカルハンドブックが正義です。

選手はこのルールに基づき競技を行っていることをお忘れなく。

何がフィギュアスケートのジャンプの正解なのか?

さて、この理解を得た上で初めて出てくる疑問が、

フィギュアスケートのジャンプにおいて、何が正解なのか?というものです。

つまり、現行ルールのあり方そのものを疑うという姿勢です。多くの人が本当に言いたいことは、プレロテ該当選手の批判ではなくここのはずです。

 

前述のように現行ルールではこのようなジャンプは問題が無いとされています。選手個人のジャンプの跳び方の個性(癖)の範疇ということだと思います。

 

しかし、今まで数多のルール改定が行われてきたのがフィギュアスケート。

以前までは大きなミスではなかったジャンプの回転不足での着氷や、フリップとルッツの間での踏切のエッジエラーがどんどん厳格になってきた経緯もあります。

”プレロテ”や”フルブレード”と呼ばれるジャンプをあくまでも選手のジャンプの個性(癖)と捉えるのか?それならば、その個性の範囲はどの程度なら許されるものなのか?それとも今後厳格に取り締まっていくべきものなのか。

 

これはなんともいえないでしょう。

 

、、、はっきりいってしまえば”決め”の問題であり(こういってしまうと身も蓋もないのですが)、僕のような一般人が関与できる点ではないからです。

 

 

ただ、この記事で今回まず伝えたかったのは、

 

  • 現行ルールではプレロテ、フルブレードについては定義されていない。
  • 最初に取り上げた記事内で記述されている「ごまかしジャンプ」はルール上明記されているごまかした踏切のジャンプには該当しないということ。
  • ルールに対して疑問を持つことはまだしも、現行ルールで戦う選手を批判することはおかしいということ。

以上3点です。

 

AI採点の可能性は?

さて、自身も研究としてジャンプの回転不足の自動判定を検討している身です。

しかし残念ながら、僕が取り組んでいるテーマは、「ジャッジが正しく認識できているか?」という問いに対する答えとなるものではありません。

 

僕のアプローチはあくまでも、ジャッジが国際大会で判断したものを正しいと仮定した上で、その判断の基準を機械に覚えさせることができるか?というものです。

 

その理由は、もし上のような問題設定(=ジャッジが正しく認識できているか?)とした場合に、

そもそもフィギュアスケートのジャンプがどうあるべきなのかの正解を勝手に定義することができないためです。

 

例えば、着氷時の回転不足の基準は”回転”という言葉で明文化されていますが、実際の映像のどことどこの角度が判断の基準なのかなどは明文化されておりません。

仮に自分で定義したとしても、実際と異なるものだと言われてしまえば意味をなさなくなってしまいますしね。。。

 

上記で取り上げたプレロテも含めて、この”正解”の部分がもう少し明確になっていなければ、このようなアプローチは難しいかと思っています。

 

ちなみに富士通と体操連盟の取り組みに関しては、このような曖昧な正解の表現を逐一定義するとこから始めたとのこと。

おそらく多くの人が望んでいるのがこちらのアプローチだと思います。

AI・自動採点を考える上でまず先に着手すべきことはここでしょう。しかし、これはルールを作る側とのコミュニケーションが必要になり、一般人では着手できない領域です。

(自分ルールで勝手にやることもできると思いますが、そのつもりはありません。)

 

もちろん自身もフィギュアスケートにおいても体操のアプローチのような、標準的な動作が定義されることを望んでおりますし、可能であればそこに関与していきたい気持ちはあります。ですが、連盟としてここに着手するのは並大抵のことではないでしょう。。。

 

一方で、実際に評価された膨大な量の結果から、その基準を機械に覚えさせることはAI(機械学習)が得意とするやり方ですし(詳しくは機械学習の教師あり学習についての項を御覧ください)、このアプローチでも実現すればフィギュアスケート界に貢献しうる研究成果になると考えています。

なので、自分ができる範囲の研究として、大会の結果を正しいとするようなテーマ設定で取り組んでいます。

 

無論、このアプローチで行ったとしても、AIが何を基準に判断しているか?を解釈することは困難を極めます。これもAIの特徴です。

 

加えて、放映映像を使用するしかないなどの悪条件、そもそも複数人の人間が下した揺れのある結果であることから、高い精度が出ることは望めない、、、なんてまぁ考えだしたらキリがないので、つべこべ言わずまずやってみようという段階です。

ただ批判ばっかしてたって、しょうがないですしね!

 

てことで、既存論文手法の再現実装レベルですが、報知新聞社が主催したSportsAnalystMeetupというミートアップで発表した資料のリンクを付け加えておきます。自身が考える問題意識も含めて資料にしましたので、興味のある方はぜひ御覧くださいませ!

<追記>プレロテジャンプに関する自身の考え

記事公開後、プレロテ擁護派なの?というような意見も頂きました。

この記事では、プレロテに対して擁護も批判もする意図はありません。

現行ルールがどうなっているかを正しく理解してもらいたいという意図で書きました。

きっかけは、フィギュアスケートにそれほど詳しくない人が、冒頭紹介した記事を見て、プレロテもしっかり見れるようにしなきゃいけないのでは?という話をしてきたことでした。

 

この記事の前半部分では、あくまでも現状はそうなっているという「事実ベース」での話にしたつもりです。誤解を招いていたら申し訳ありません。

そこで、あえてここでプレロテに関する自分の考えを言及するならば、以下のようになります。

  • 現行ルールで明確に定義されていない部分であると思うので、定義の明文化・定量化がされることを願っている。
  • 個人的には、滑りながら回るという競技特性を鑑みて、プレロテジャンプを罰するのではなく、プレロテではないジャンプを跳べる選手に加点の方向が良いと考えている。どのあたりが許容範囲といえるのかは非常に興味がある。
  • 自分はプレロテジャンプを跳びたくない(なかった)!笑

 

ここから先は、完全なる小話です。

僕自身も競技をやっていたときにプレロテやフルブレードについてネット上の情報を色々調べました。

そして、自分のフルブレードっぽいトゥジャンプ、スリップしながら踏み切るアクセルが嫌いで、真剣に悩み、いろいろな人に相談しました。

 

結果として、この問題意識を理解してくれる人が現場にはいませんでした。

つまり、別にそれでいいんだよ。と言われ続けたということです。

しかし、聞き分けが良いタイプではないので簡単には納得せず、当時は躍起になりいろんな人のジャンプの踏切のトレースを見てみました。自分と同じようなトレースになっている人もいれば、違う人もいることがわかりました。

○○はそっちのタイプだよね〜なんていう話で盛り上がったときもあります。

 

また、バッジテストを受けてもプレロテや踏切のトレースの違いに言及してくる方はおらず、自身のジャンプは新採点の試合でも問題なく評価されました。

そのような経験もあり、少なくとも現行の競技の現場では、これがスタンダードになっているという認識(しかし自分だったら直したいという気持ち)で落ち着いたというのが正直なところです。

ルール改正が行われる度に「フィギュアスケート競技の正解・本質」ってなんなんだろ。。。と考えさせられますね。

 

<さらに追記>

念の為さらに詳細を補足すると、

上記のエピソードはあくまでもアクセル・フリップ・ルッツでの踏切の話です。

トゥループに関しては現場の状況はやはり違い、「トゥアクセル」は多くの方が「ごまかしジャンプ」ということを認識しています。

競技を始めたばかりのときは指摘されないこともありましたが(あくまで実体験・観測できた範囲です)、基本的には直すように矯正・指摘されます。このあたりは明文化されたルールに則った運用がされている印象です。

ルールで明文化されたごまかしジャンプは、トップスケーターの演技だけを見ているとなかなかお目にかかることはないかと思います。

この興味をきっかけに、シングルトゥループを習うまでフィギュアスケートを実際にやってみる、もしくは地方競技会の初級や1級クラスの演技を見てみるなどすると、より理解が深まるかもしれません!

ABOUT ME
@hironowa_ru
修士まではスポーツバイオメカニクスを専攻。新卒で総合スポーツ用品メーカーに入社し、デジタル分野の新規事業開発に従事。現在は日本代表選手団に向けた映像分析サポートを行っており、大学院でコンピュータビジョンの観点からスポーツ映像解析の研究を行っている。
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