アシックスを退職した話 ~Part2 なぜ退職を決めたか~

Part1ではそもそもなぜアシックスに入りたかったかを書きましたが、Part2ではなぜ退職を決意したか、について書いていきます。

■退職を決めた理由

初めに僕が退職を決めた理由は、大きく以下の3つです。

  • 組織が考えるキャリアの方向性と自分の考えるものとのギャップが大きくなった
  • 自分が興味のある分野での専門的なスキルを身につけることができなかった
  • 会社名でしか自分を表すことができないことへの恐怖

キャリアの方向性と専門的なスキル

一番は自分自身の考えるキャリアの方向性と会社の考えるキャリアの方向性のギャップが大きくなり、その溝が限界値に達したからです。そして、業務を通して自分の望むような専門的なスキルを身につけることができないというのも大きかったです。

Part1で話しましたが、僕は研究のノウハウを会得し、一定の研究成果を出すことを目的にアシックスの研究職をファーストキャリアにしたいと思っていました

その後、総合職で内定を出されウェアラブルディバイス事業推進チームに配属になるのですが、このときは行く行くは研究所に行くことを見越してのキャリアを考えて頂けました。

メンターとなった先輩は一つ上で、研究所から異動してきた方でした。業務内容も他企業・研究所メンバーと一緒に実証実験をしたり、所属学会を決めるために学会に参加したりもしていました。

ですが、配属後わずか5ヶ月でこのチームが解体。新しくデジタル分野の統括部が新設され、東京に異動することになったのです。

異動しても基本的に業務内容は変わらず、デジタル分野での新規事業開発とオープンイノベーションの推進がメイン。ですが、当時の直属の上司は研究とは無縁のデジタルマーケが専門の方で、研究に携わるような業務はほぼなくなりました。メンターの先輩も半年後には辞めてしまっていました。

また、できたてほやほやの新しい部署だったので、ここからめまぐるしく組織変更が起きました。もちろん上司もコロコロと。わずか2年半の間で自分の名刺は5種類に達したほどです笑

東京に異動してから退職に至るまでは、自分自身が今後どういうキャリアを描くのか常に頭を悩ませる日々の連続。

直近の上司からは、デジタル分野でプロジェクトマネジメントが出来るようになってほしいと言われており、チーム内での役割はプロジェクトマネージャーとなっていました。

ただ、エンジニアリングのバックグラウンドがない中でプロジェクトマネジメントを行うことは困難を極めました。社内に詳しい人が多いわけではない領域なので結局は開発会社におんぶにだっこ。

実態は単なる調整役と社内書類作成や申請をやってばかり。社会人になる前に一番なりたくなかった自分の姿がそこにはありました。

エンジニアリングを社内で学べる環境も無く、自分自身が当初思い描いていたキャリアとも程遠い。それでもまだ会社にいた理由は、ボストンにある子会社との距離が社内で一番近かったからです。

アシックスは2016年2月にランニングアプリRunkeeperの会社であるFitnessKeeper社を買収していました。が、当時社内でもほぼ関与している人がいなかったのです。

しかし、僕たちの部署のトップは子会社のトップが兼任していることもあり、日常的に関わっていました。

子会社の中にはアプリのユーザーデータを分析する、データアナリティクスチームがあったので、ここでの業務を通せば分析のスキルを学ぶことができる!英語はいわずもがな!と虎視眈々とチャンスに備えてプライベートで統計や機械学習の勉強をし、上司にアピールをしていました。

ですが、前述のような流動的な状況だったので、周りの人はどんどんやめていきました。もともと人数が少なかったのもありますが、退職する少し前は僕と上司の二人だけという状況にもなりました。(その上司がボストン勤務だったので、実質一人に近い笑) そのような状況での海外赴任は現実的ではありませんでした。

また、自分自身で勉強はしていたもののやはり限界があり、語学面、分析のスキル面ともに能力の足らなさを痛感しました。即戦力としての異動ができる準備はもちろんできませんでした。

東京にデータ分析チームが出来るという話をずっと耳にしており、組織が出来上がりましたが、実態を調べるとチームのメンバーが分析をするわけではなく、外注したり、子会社のチームとの調整を担う部署に近い印象を受けました。

加えて、部署のロールが明確に定まっているわけではなく、直属の上司が執行役員クラスという一体どのような考えのもとで生まれた組織なのかが全くわからず、また流動的な組織に身を置くのは嫌だなと思ったのも本音です。これを見届けた上で、おおよその気持ちは固まったのでした。

・・・ちなみに研究所への異動という選択肢は確かにありました。ただ、僕自身の興味対象がバイメカよりも機械学習や画像解析にシフトしており、そのような分野を専門にしている方が研究所にはほぼいなかったために興味は薄れていました。何より18年4月からプライベートで大学院に通っていたので、こちらに通えなくなることが嫌だったというのも大きかったです。・・・

会社名でしか自分を表すことができない

業務上外部の様々な人と会いましたが、デザイナーやエンジニアである他のチームメンバーと比べて、自分が何者かを表現するのに苦労しました。

結局多くは

アシックスの〇〇です。デジタル分野の新規事業開発とオープンイノベーションの推進に携わっています!

というヒジョーに耳触りの良い言葉でお茶を濁していました。

すごい面白そうなところで働いているんですね!といってくださる方も多かったのですが、実態は単なる調整マンなので非常に居た堪れない気持ちになっていました。。。

キャリアや専門性にもひも付きますが、アシックスの人とでしか自分を語れない現状にひどく嫌気が指し、とにかくそのようにならないキャリアを歩みたいと強く思っていました。

一度業務でMITSloanのスポーツアナリティクスカンファレンスに行った際に、その報告会への登壇をJSAAの方から頼まれました。

もちろんこのイベントには会社の業務で行ったのですが、個人にダイレクトに依頼される、仕事を頂けるというのは非常に嬉しく、自身が独自の専門性を持って、仕事をいただけるような立場をいち早く確立したいという思いが非常に強かったです。

望むようなキャリアを描けない、年齢も30が差し迫ってきている。そんな中でここに身を置くよりかは、自分の望むキャリアが描けるような場所に挑戦してみよう。そう感じたのです。

■アシックスでの成果

最後に、僕自身はアシックスでは主に3つのアウトプットを出すことができました。

  1. 姿勢推定技術を使ったランニングフォーム分析アプリケーション”ASICS Running Analyzer
  2. 足型測定アプリケーション”MobileFootID
  3. ソフトバンク社健康管理アプリ”カラダサポート”とランニングアプリケーション”Runkeeper”とのアプリ連携

ただ、やはり調整しかやっていないので、達成感は微塵も持っていません笑

どれもまだまだこれからのサービスですが、無事リリースにまで漕ぎ着けたものなので、今後をひっそり見守っていきたいと思っています。

以上が僕がアシックスを辞めた理由です。
最後のPart3では、実際にアシックスで働いてみてどうだったの?という点について書いていきます。

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